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最上義光さんの失敗を考えてみる
政宗だけDISっておいてアレなので、義光さんのダメだしをしてみたいと思います。諸君、私は義光公が好きだ。諸君私は……なのは語るまでもありませんが、好きだからこそたまらないっていうのもあるよな。義光公のすべてがすばらしい! とか、なんか共産主義みたいでなんかイヤだしさあ。山風とか荒山徹とかタラとか、好きでたまらんものでも「これはちょっと……」と言っちゃうのが私です。マイメロアニメもウサミミは出す出す詐欺だったし!
● 全体的に甘い、どじっこなのだ。
謀略家というイメージに反して、政宗も義光もやることがイマイチ詰めが甘かったり、油断したりする部分があるなあと。謀略の限りと尽くしたというより、うっかり源五郎というほうが私としてはしっくりくるよ〜……。文学青年的な精神のもろさも感じるので、武将以上に作家や商人のほうが向いていたかもとか思っちゃう。
「天正最上の乱」
父親が伊達家に対してイロイロ働きかけているのに、スルーしちゃったか「まさか」と思っていたのか、そのまま輝宗と結んで攻撃しかけるまで気付かなかったのはドジっ! 家督相続を強引に押し切った時は、伊達の内紛に乗じていたけどこのときは甘かったなあという印象が。
「十五里ヶ原合戦」
うちは惣無事令守るもん、みんな守るよね〜? という油断があったと思います、コレ。あとこのあと、庄内問題で家康の協力で裁判になったときも、甘く見ていたのか自ら上洛せずに上杉家に負けています(あっちが惣無事令違反したから有利だったのに!)。
「出過ぎだぞ、自重せよ!」
敵将を自ら殴り倒して怒られたり、直江追撃戦で前線で突撃した結果重臣を喪ったり、やる気があるのはいいことですが自重してください(汗)。
「ホンネダダ漏れすぎ」
書状を見ると愚痴とかホンネがダダ漏れていて、微笑ましいけどこれを家康あたりにもやっていたんじゃないだろうかと思うとトホホ。
「家康依存症」
家康公だいすき! 超頼りになる! という態度はそれはそれでいいんですが、もうちょっと距離をおいてもよかったかもですよ。まあ関ヶ原まではよかったけど、依存しすぎて反発する家臣もいたみたいですしね。死ぬ前にまでヨロヨロになりながら駿府までいって「で、でも、最期に家康公に御礼いわなきゃ……」とか、しかも会見したらボロ泣きとかもうね……! あとのことを考えるとせつなすぎる。これのどこが義理2なんですかコー●ーさぁん!
「判官贔屓もあって今じゃ……豊臣側についたやつが忠臣あつかいされるのはわかってるよ……
なんだいなんだい、人気者だからって、人気者だからって……
義光が義理堅かったら悪いっていうのかよう!(号泣)」
「もっとわがままでもいいんだ!」
政宗みたいにダダをこねてもいいものを、後継者問題で聞き分けよく長男廃嫡しちゃったり、病気で死にそうなのに参勤交代したり、当時の状況で難しかったりするだろうけど、もっとわがまでもよかったと思うの!(涙)
「環境破壊」
内政での失敗は少なめですが、製塩の奨励をして植林をおろそかにしたので結果として森林破壊を誘発したのは失政かも。ただし、この手のことはどこでもよくあったそうですが。
「気前よすぎ・優しすぎ」
家臣にぱーっと石高与えすぎですなあ。勢力拡大の過程から見て仕方ない部分もあるけど、もうちょっと家臣にめっ! を連発して石高まきあげちゃっててもよかったんじゃない……と悲しくなってきます。あと慶長出羽合戦でもふまじめな伊達援軍に首実検で真っ先に御礼をして、名刀まであげちゃったというからホントもうね……。津軽さんちに「情報ならなんでもあげちゃうから、まかしときなー! 今なら石田三成をたよっときなー!」ってアドバイスしたうえに、土産まで渡したりどんだけ気前いいのアナタ。
特に関ヶ原後に帰参した連中は、結果として獅子身中の虫になった連中もいたので、もうちょっと厳しくしてもよかったかもだね……。
「謙遜しすぎ・PR下手」
兼続を褒めたり、自分のことはちょっとひかえめに言ったり、「勝てるなんて信じられない!」と書いちゃったり、それはそれでとてもいいことだとは思うのですが、PR下手な山形人の祖先というかんじで何か切ないんですホント。
長所と短所は紙一重……といいますが、こういうダメな義光さんの部分もまあ嫌いじゃないんですが、調べていて「あーもう……」とイライラします(汗、それ以上にかなしい)。知り合いの山形市民にもこういう「人が好すぎて心配なんだ!」というタイプが多いので、ホント義光公は山形人だなあと思います。
こういうのって岡目八目というか、後世の人間だからこそエラそうに言えることなんだけど。でもなんだかもどかしいんだもん!(涙)
書状とか発言を調べると、ホントこの人は謀略家じゃなくてどじっこなんだ。政宗といちばん血縁を感じるのもそこなんだ。
● 全体的に甘い、どじっこなのだ。
謀略家というイメージに反して、政宗も義光もやることがイマイチ詰めが甘かったり、油断したりする部分があるなあと。謀略の限りと尽くしたというより、うっかり源五郎というほうが私としてはしっくりくるよ〜……。文学青年的な精神のもろさも感じるので、武将以上に作家や商人のほうが向いていたかもとか思っちゃう。
「天正最上の乱」
父親が伊達家に対してイロイロ働きかけているのに、スルーしちゃったか「まさか」と思っていたのか、そのまま輝宗と結んで攻撃しかけるまで気付かなかったのはドジっ! 家督相続を強引に押し切った時は、伊達の内紛に乗じていたけどこのときは甘かったなあという印象が。
「十五里ヶ原合戦」
うちは惣無事令守るもん、みんな守るよね〜? という油断があったと思います、コレ。あとこのあと、庄内問題で家康の協力で裁判になったときも、甘く見ていたのか自ら上洛せずに上杉家に負けています(あっちが惣無事令違反したから有利だったのに!)。
「出過ぎだぞ、自重せよ!」
敵将を自ら殴り倒して怒られたり、直江追撃戦で前線で突撃した結果重臣を喪ったり、やる気があるのはいいことですが自重してください(汗)。
「ホンネダダ漏れすぎ」
書状を見ると愚痴とかホンネがダダ漏れていて、微笑ましいけどこれを家康あたりにもやっていたんじゃないだろうかと思うとトホホ。
「家康依存症」
家康公だいすき! 超頼りになる! という態度はそれはそれでいいんですが、もうちょっと距離をおいてもよかったかもですよ。まあ関ヶ原まではよかったけど、依存しすぎて反発する家臣もいたみたいですしね。死ぬ前にまでヨロヨロになりながら駿府までいって「で、でも、最期に家康公に御礼いわなきゃ……」とか、しかも会見したらボロ泣きとかもうね……! あとのことを考えるとせつなすぎる。これのどこが義理2なんですかコー●ーさぁん!
「判官贔屓もあって今じゃ……豊臣側についたやつが忠臣あつかいされるのはわかってるよ……
なんだいなんだい、人気者だからって、人気者だからって……
義光が義理堅かったら悪いっていうのかよう!(号泣)」
「もっとわがままでもいいんだ!」
政宗みたいにダダをこねてもいいものを、後継者問題で聞き分けよく長男廃嫡しちゃったり、病気で死にそうなのに参勤交代したり、当時の状況で難しかったりするだろうけど、もっとわがまでもよかったと思うの!(涙)
「環境破壊」
内政での失敗は少なめですが、製塩の奨励をして植林をおろそかにしたので結果として森林破壊を誘発したのは失政かも。ただし、この手のことはどこでもよくあったそうですが。
「気前よすぎ・優しすぎ」
家臣にぱーっと石高与えすぎですなあ。勢力拡大の過程から見て仕方ない部分もあるけど、もうちょっと家臣にめっ! を連発して石高まきあげちゃっててもよかったんじゃない……と悲しくなってきます。あと慶長出羽合戦でもふまじめな伊達援軍に首実検で真っ先に御礼をして、名刀まであげちゃったというからホントもうね……。津軽さんちに「情報ならなんでもあげちゃうから、まかしときなー! 今なら石田三成をたよっときなー!」ってアドバイスしたうえに、土産まで渡したりどんだけ気前いいのアナタ。
特に関ヶ原後に帰参した連中は、結果として獅子身中の虫になった連中もいたので、もうちょっと厳しくしてもよかったかもだね……。
「謙遜しすぎ・PR下手」
兼続を褒めたり、自分のことはちょっとひかえめに言ったり、「勝てるなんて信じられない!」と書いちゃったり、それはそれでとてもいいことだとは思うのですが、PR下手な山形人の祖先というかんじで何か切ないんですホント。
長所と短所は紙一重……といいますが、こういうダメな義光さんの部分もまあ嫌いじゃないんですが、調べていて「あーもう……」とイライラします(汗、それ以上にかなしい)。知り合いの山形市民にもこういう「人が好すぎて心配なんだ!」というタイプが多いので、ホント義光公は山形人だなあと思います。
こういうのって岡目八目というか、後世の人間だからこそエラそうに言えることなんだけど。でもなんだかもどかしいんだもん!(涙)
書状とか発言を調べると、ホントこの人は謀略家じゃなくてどじっこなんだ。政宗といちばん血縁を感じるのもそこなんだ。


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