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2007.01/17 [Wed]
筒井康隆『パプリカ』
のふぬ100%、ぬふぅ100%という言葉が脳裏に浮かびました。私はひょっとして疲れているのか……。
● 映画版を先に見ていました、ご存じ『パプリカ』です。おそらく七瀬三部作と双璧をなす筒井作品理想のヒロインものではないでしょうか。
映画版との比較はさておき。ヒロイン千葉敦子は確かに魅力的です。筒井作品の理想的ヒロインは敵に対しては冷徹で、残酷で、しかし愛情の対象は徹底的に優しい。とはいえ優しいといっても甘えてベタベタするのではなく、あくまで同志として戦いかつ愛するという関係。連想したのがジョジョヒロインのリサリサ先生やジョリーンですが、荒木世界は筒井世界の影響直下にあるので必然といえます。また同時に両者の性格や女性の好みが似ているのでしょう。
彼女らは愛する人が死んでも、サバサバと葬式をすませ、それが不審死であればテキパキと仇討ちやら真相追求をし、すべて片付いたらサッサと自分の人生を歩んでいきそうなイメージがあります。表面上は感情の整理をつけているのでクールですが、その裏では憎悪や愛情が脈打っている感じ。いざ戦いとなれば滅法強く、まるでナチュラルボーンファイターといっていいほど。
妙な話ですが、この作品で一番感心したのが敦子が暴行されそうになシーンとそのあとの場面です(以下ネタバレ注意)。ボコボコに殴られて割にあわないと判断した彼女はさっさと服を脱いでしまい、相手が不発に終わるときつく罵って、でもこのままじゃいろいろとおさまりがつかないから好きな相手の家に行こうかと冷静に考える。
確かに敦子は才色兼備で素晴らしい女性ですが、もしあなたが好きな女性が同じ目にあって冷静に自分の家に電話をかけてきたとしたらどうか。「このクソアマ!」と思ったり「なんて可愛げのない女なんだ」と思ったりしませんかね。女の舞台裏描写という点では、『ジョジョ六部』第一話に匹敵するものを感じました。でも敦子以上に筒井康隆は恐ろしい作家ですねえ……自分の理想像にこういう行動を取らせて嫌味なく書けるのは恐ろしいですよ。作者の理想をブチこめとなったら、自分だけを一途に愛する美少女とか、ガチムチボインでやけにエロい頭の軽い女とか、片思いのはて自殺する女とか。そういう「男の妄想決定打」みたいなのを思い描く作家は多いと思います。事実、せっかくいい作品なのに妄想結晶化ヒロインがありえねー行動をとったばかりに、後味がもの凄く悪くなっている作品というのは往々にしてあります(具体名あげていいですか? えっと、荒山徹作品特に『処刑御史』、サトケン作品、スティーブン・キング『IT』、金庸作品で片思いのあげくかってに死んだり独身でいたりするヒロインたちの存在そのもの)。しかしッ、筒井先生は違った! 千葉敦子は山風の金蓮や千姫や天姫に相当する恐くていい女ですよ。で、こういうヒロインを冷徹に考え出せる作家は、人間観察力が長けているか女性経験がイロイロと豊富なんじゃないかと推察します。もしあなたが男性で、異性から好きな女性像はと聞かれたら「オレは千葉敦子」と答えるのは限りなく安全牌に近いのではないでしょうか。
● 千葉敦子はいうまでもなく、一方でパプリカという萌え系少女なわけです。この作品は『マトリックス』も萌えも先取りしていますな。でもあくまで中身は千葉敦子なので、いくらブリブリしようが男を手玉にしようが同衾しようが、敦子さんの計算のうち。孔明の策です。あざとくないし、むしろ凄いよと感心してしまいます。実際パプリカはかわいいし、馬鹿を装っても中身がアレじゃ装いきれないに決まっています。すごいよ、本当にすごい!
● む、作品そのものではなく、千葉敦子語りになりました。まあいいや。結局この話は、千葉敦子という大仏の掌で踊る孫悟空たちの話という印象です。いやいや、エンタメに徹した筒井作品というのは感覚的に大仏の掌踊りという感じがしますね。筒井大仏にはかなわんなという諦念を感じるという。それがたまらんわけですね。まだまだ読みます、筒井仏典。
● 映画版を先に見ていました、ご存じ『パプリカ』です。おそらく七瀬三部作と双璧をなす筒井作品理想のヒロインものではないでしょうか。
映画版との比較はさておき。ヒロイン千葉敦子は確かに魅力的です。筒井作品の理想的ヒロインは敵に対しては冷徹で、残酷で、しかし愛情の対象は徹底的に優しい。とはいえ優しいといっても甘えてベタベタするのではなく、あくまで同志として戦いかつ愛するという関係。連想したのがジョジョヒロインのリサリサ先生やジョリーンですが、荒木世界は筒井世界の影響直下にあるので必然といえます。また同時に両者の性格や女性の好みが似ているのでしょう。
彼女らは愛する人が死んでも、サバサバと葬式をすませ、それが不審死であればテキパキと仇討ちやら真相追求をし、すべて片付いたらサッサと自分の人生を歩んでいきそうなイメージがあります。表面上は感情の整理をつけているのでクールですが、その裏では憎悪や愛情が脈打っている感じ。いざ戦いとなれば滅法強く、まるでナチュラルボーンファイターといっていいほど。
妙な話ですが、この作品で一番感心したのが敦子が暴行されそうになシーンとそのあとの場面です(以下ネタバレ注意)。ボコボコに殴られて割にあわないと判断した彼女はさっさと服を脱いでしまい、相手が不発に終わるときつく罵って、でもこのままじゃいろいろとおさまりがつかないから好きな相手の家に行こうかと冷静に考える。
確かに敦子は才色兼備で素晴らしい女性ですが、もしあなたが好きな女性が同じ目にあって冷静に自分の家に電話をかけてきたとしたらどうか。「このクソアマ!」と思ったり「なんて可愛げのない女なんだ」と思ったりしませんかね。女の舞台裏描写という点では、『ジョジョ六部』第一話に匹敵するものを感じました。でも敦子以上に筒井康隆は恐ろしい作家ですねえ……自分の理想像にこういう行動を取らせて嫌味なく書けるのは恐ろしいですよ。作者の理想をブチこめとなったら、自分だけを一途に愛する美少女とか、ガチムチボインでやけにエロい頭の軽い女とか、片思いのはて自殺する女とか。そういう「男の妄想決定打」みたいなのを思い描く作家は多いと思います。事実、せっかくいい作品なのに妄想結晶化ヒロインがありえねー行動をとったばかりに、後味がもの凄く悪くなっている作品というのは往々にしてあります(具体名あげていいですか? えっと、荒山徹作品特に『処刑御史』、サトケン作品、スティーブン・キング『IT』、金庸作品で片思いのあげくかってに死んだり独身でいたりするヒロインたちの存在そのもの)。しかしッ、筒井先生は違った! 千葉敦子は山風の金蓮や千姫や天姫に相当する恐くていい女ですよ。で、こういうヒロインを冷徹に考え出せる作家は、人間観察力が長けているか女性経験がイロイロと豊富なんじゃないかと推察します。もしあなたが男性で、異性から好きな女性像はと聞かれたら「オレは千葉敦子」と答えるのは限りなく安全牌に近いのではないでしょうか。
● 千葉敦子はいうまでもなく、一方でパプリカという萌え系少女なわけです。この作品は『マトリックス』も萌えも先取りしていますな。でもあくまで中身は千葉敦子なので、いくらブリブリしようが男を手玉にしようが同衾しようが、敦子さんの計算のうち。孔明の策です。あざとくないし、むしろ凄いよと感心してしまいます。実際パプリカはかわいいし、馬鹿を装っても中身がアレじゃ装いきれないに決まっています。すごいよ、本当にすごい!
● む、作品そのものではなく、千葉敦子語りになりました。まあいいや。結局この話は、千葉敦子という大仏の掌で踊る孫悟空たちの話という印象です。いやいや、エンタメに徹した筒井作品というのは感覚的に大仏の掌踊りという感じがしますね。筒井大仏にはかなわんなという諦念を感じるという。それがたまらんわけですね。まだまだ読みます、筒井仏典。
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